2009年11月13日金曜日

日本の起業家って本当にベンチャー?

今週の日経ビジネス紙(11.9号)のタイトルは、「今こそ起業資本主義~立て、日本の草食系ベンチャー」というもの。
草食系ベンチャーとはなかなか上手い表現をするな~と関心したのだが、肝心な記事で紹介されている草食系は2社に留まり、後はインドや、アメリカのベンチャーの紹介と、ベンチャーの支援体制の違い。と、内容に関しては正直もう何百回と目にして、耳に聞いた内容で、この手の話しの結論は、いつもの日本はベンチャーを育てるマインドや制度が不足しているで終わり。
せめて、設立目的や、お金に関する拘り度、資金集めの方法、車やファッションに対する意識など、仮説立てした上で、調査を行い。時系列で企業家達の意識が如何に変化してきているのか?草食系増加のファクトと、それに基づくもう少し深い洞察が欲しい。その上で、今後のベンチャー育成はこうあるべきではないか?という提言が欲しい。


さて、何故日本からは「Google」や「Amazon」が生まれないのか?「ホンダ」や「Sony」だって昔はベンチャーだったではないか?
こう言った話しは、この記事に関わらず、数年前から至る所で議論されている。
政治家、官僚、財界人、成功した起業家、学者、評論家、マスコミといったいつもの顔ぶれが揃って・・・
でも小生も、走り出したばかりの起業家のはしくれとして言わせてもらえば、正直ピンと来ない。
確かに、ベンチャーを取巻く環境として、色々とハード面で見直す事。VCの充実や、国の支援(エンジェル税制など)、融資制度の見直しなど、取組むべき課題は多いと思う。しかしそれらの提言が、実行されたからと言って、日本から「Google」や「Amazon」規模に育つベンチャーが生まれてくるとは、とても思えない。

確かに、この問題を考えた時に、働く事に対しての意識の違い。しいては教育環境、社会環境の違いは非常に多くのウエイトを占めていると思う。
但し、こういった要因は、それこそ「Google」「Amazon」規模の成功事例が出てこないとなかなか変化しないのではないかとも思える。
社会環境が悪いから、育たないのか。育たないから、環境が変わらないのか。という鶏が先か卵が先かの問題の様にも思うが、ライブドア事件が、ベンチャーは「胡散臭い」「虚業」「拝金主義」とイメージを社会に植え付け、一層社会環境がベンチャーに対して閉じた環境になってしまった事を考えると、逆説的だが、やはり一つのムーブメントとして形になるものが生まれ、社会に認知されない限り難しいのではないかと考えてしまう。

この点を考えると、日本におけるベンチャーの位置付け、定義そのものに疑問符がつく。
日本で一般的に「ベンチャー」と認知されているキーワードは「新技術」「アイディア」「他国模倣」などが浮かぶ。

1.「新技術」はバイオやデバイス、ロボットや、IT技術などの先進性のある技術シーズの事業
2.「アイディア」は、技術的な先進性は認められないが、独創性を持ち、今まで誰も気づかなかった分野の事業
3.「他国模倣」は、あまりピンとこないかも知れないが、米国で流行したITサービスなどをいち早く日本で展開する事業

この三点でいうならば、実は日本で一番成功しているのは「他国模倣」だろう。「ブログ」や「ネット広告」「ソーシャルネットワーク」「EC(ElectricCommerce)」など、いわゆるIT系のサービスで、米国で流行したものを、日本でいち早く取り入れた事業。(先進性も独創性も認められない)
日本のベンチャーの成功例として取り上げられる企業。「楽天」や「SyberAgent」「Mixi」などをイメージすると早い。
1.「新技術」や2.「アイディア」の事業は、どうしてもニッチマーケットがターゲットとなっている為、スケール面での限界点が直ぐに来てしまうことが多い。
しかし、それなりに日本で成功している「他国模倣」においても、「模倣」であるが故、国内市場に留まってしまう。この意味では、そもそもの問題提起である、日本から何故「Google」や「Amazon」が・・・に関して、スケール面においてこちらも、既に回答ができ上がってしまっている。

即ち、日本のベンチャーを考える上で、決定的に欠けてている要因は、事業ドメインがそもそもスケールが求められる領域に居ない。という事なのだ。
「ホンダ」や「Sony」を考えた時に、確かに「新技術」や「アイディア」「他国模倣」全ての要素を持って立ちあがったが、戦う土壌がオーディオ、家電、バイク、自動車といった既に大きな市場が求められるメインストーリムにおいて勝負を挑んでいった。という事実が、今の日本でベンチャーを検討する際の観点から抜け落ちてしまっている。もちろん当時の日本の社会環境。即ち、低賃金、円安、労働意欲、勤勉性、潜在的技術力などの要因がそれを可能にしてきたという点では、現在は当時とは比較にならない程、変化してしまった。

さて、一方の「Google」や「Amazon」において、その収益を生む事業のドメインを考えると、その市場におけるコンペチターはよく言われる様な「Microsoft」や「IBM」、日本ならば「富士通」や「NEC」の領域では決してない。
(ちなみにSalesForceのコンペチターは「IBM」「富士通」「NEC」である。(面白い事にIBMは一部で業務提携する事はあってもSalesForceを売る事は無いが、富士通やNECといった会社は、いち早く「売る」事を表明してしまった。日本企業の戦略不在ぷりは、本当に・・・))

「Google」ならば、その収益の多くは、広告収益であり、コンペチターはメディア(TV、ラジオ、新聞、雑誌)もしくは広告代理店である事は少し考えれば解る。「Amazon」であれば、その本の販売が収益の中心を占め、コンペチターは、書店、流通(卸)、である。
この二社が、実際コンペチター達に与えた打撃は計り知れないものである。日本でも、マスコミや広告代理店、書店が窮地に立たされている事実と無縁では決してない。もともと大きな市場性の認められるメインストリームにおいて勝負しているのである。
「ホンダ」や「Sony」が当時の日本の社会環境を武器に既存のオーディオメーカーや、家電、自動車、バイクメーカーに挑み勝利した様に、近年の米国のベンチャーはITを武器にメインストーリームに打って出て勝利をおさめているのだ。

しかるに日本の場合、いつのまにか起業家側も、育成側(VCや国など)も、ベンチャー=ニッチマーケットであり、「新技術」や「アイディア」「他国模倣」に出資、投資するものという固定観念が出来てしまった。起業家も決してメインストリームに打って出る様な事を考えないし、周りもそんな与太話しは支援しようとは思わないだろう。


実は、本来、日本においてなら「トヨタ」や「Panasonic」の事業領域に打って出て、打ちのめす位の意気込みこそが本来求められるベンチャースピリットであり、その為の武器が今の社会環境において何になるか?という事こそが真面目に検討されるべきではないのか。
「Google」や「Amazon」だって、展開するスピードの速さは、「ホンダ」「Sony」の時代とは比べ物にならないが、一番最初に被害を受けたのは、米国のメディアや書店であったはずだ。

自動車や家電は日本の基幹産業でありながら、おかしな事に、これらの企業が今怯えているのは新興国のベンチャーに対してでる。

本来であれば、日本のベンチャーこそがそれを考えるべきで、大きな市場での新陳代謝こそが、その国の産業活力となる。
国が考えるベンチャー育成も、この点をもっと真剣に考えるべきである。
「トヨタ」や「Panasonic」を打ちのめす支援を・・・・だ。

そう考えなければ、日本から「Google」も「Amazon」も決して生まれる事は無いであろう。
既存の大企業の衰退とともに日本経済は没落していく事になる。

3 件のコメント:

考芳 さんのコメント...

模倣ではありますが、アイデアを加味した点でニコ動は個人的に応援しています。もちろんマルさんも。

日本大手は駄目よ、もう。

校長。 さんのコメント...

ちなみに再開しました。

bukubukumaru さんのコメント...

校長。新ブログ期待してます。

ニコ動もユーチューブも収支では苦戦してますね。
まだまだ設備投資に掛るコストが高すぎるのでしょう。
必要な設備に掛るコストは自体は下がって来ては居る筈なんですが、ユーザ数の増加率や「動画」に求められるクオリティの期待値の向上の方が、常に上回ってしまっているのでしょうネ。