未曾有の大不況である。
小生のまわりでも失業者が増えてきたし、回りの企業に聞いても景気の良い話しは何ひとつない。
小生自身はサブプライムローンの問題がテレビ、新聞に取り上げられ始めた時期、2007年の5、6月位であったろうか?この時点でのこれは相当にまずいことになるのではないかととの予感はあった。この頃の経済アナリストなどの専門家の認識は、日本での影響は限定的という楽観的な見方ばかりであったが、小生は金融や、経済の専門家では無いが米国の個人消費が世界のGDPの約3割を締め、またその消費が個人の借金によって支えられている事位の知識はあった。その流れが逆流し始めると大変な事になるぞ。という単なるカン見たいなものであるが、当時勤めていた会社の社内情報共有システムにもその事を書きこんだ。
即ちサブプライムローンの焦げ付きによって、貸し渋りが発生、通常のプライムローンであってもなかなかローンが組めなくなる。景気の循環が悪くなり、リストラや賃下げ、失業者の増加が起きる。このマイナス循環が発生する事によって、借金して「お買いもの」をする米流の個人消費が、出来なくなってしまうのではないか?自動車や家電といった日本を支える輸出産業は北米市場依存度が高い。開拓しつつある新興国においても、その発展が北米への輸出に頼っている以上、これは相当にマズイ事になるのではないか?というのが小生が考えた懸念である。
(ちなみに2008年末の時点で、某有名経済紙の2009年の経済予想で、著名アナリストが未だにデカップリンク論を強弁しているのは閉口した。国内の自動車販売は今回の問題が大きくなる以前から冷え込んでいたというのがその論拠の様に書かれていた記憶があるが、ここまでくると読んでいるこちらが気恥ずかしい。)
2007年末から徐々にこの問題の扱いは大きくなってきたが、当の米国の個人消費はさほど落ち込まなかった。米国の個人消費を占う年末のクリスマス商戦におてても、小生の想像よりは落ち込みが少なかった。伸び率でいうと確かに低調であったが、それでも前年比で3.7%の増である。
米国人というのは、どこまでも楽観的、前向きな人種だなと変な関心をした覚えがある。
年が明けて、米国が利下げなどの対応を行うにつれ、小生もこれはしばらくすると落ち着くかな?と思えたが、去年末私が懸念した実態経済の落ち込みが先では無く、リーマンブラザースの破たんという形で金融市場の方が一気に吹っ飛んでしまった。
小生は実態経済の悪化から始まって金融収縮が起こると読んでいたが、全くの逆であった。金融が先に吹っ飛び、消費どころでは無くなった形だ。その意味で本当の不況はこれからでは無いかと思う。金融破綻→米国個人消費市場→日本の輸出産業の落ち込み→輸出産業を取り巻く国内サービス業の落ち込み(今はこの段階だと言える)、その次に来るのは、流通小売。とりわけ、スーパー。これは国内の個人消費マインドが完全に冷え込んでいる事を意味する。外需も内需も駄目であれば、良くなる要素はどこにもない。
専門外の慣れない話しはここまでとして、今後の実態経済の方向性と、景気向上策として日本版「グリーンニューディール」を行うべしとする向きが多い。環境技術で世界をリードしているのは日本だろう。その強みを伸ばす方向性は全く否定しない。
しかし、違和感もある。ハイブリッドカーへの買換えの支援をして、みなが車を買い換える事が本当に、エコかとどうか(笑)?
という議論ももちろんあるが、良くいう「環境立国」が本当に日本の目指すべき長期目標となりうるのかという点である?
自国の強みを活かして、尚且つ環境に良い社会を目指す事に何の違和感があるのか?と言われれば、それは「変革」とい言葉があてはまる。極論すれば、高速道路やダムを作る会社を儲けさせるか?環境技術を持つ製造業を儲けさせるか?の選択をした所で、日本という国家のシステムは何一つ変わらない。
今回の世界同時不況は、資本主義の限界を突き付けた面が多分にある。小生はこの不況を抜け出す国は、国家システムそのものを次世代型に「変革」できた国では無いかと考える。
ひどく具体的な話しで言うならば、ある駄目駄目総合電気メーカがあるとする。赤字は7000億にもなる。旧態前として変化せず、経営陣は自己保身しか考えない。縦割りが酷く効率化できない、部門の利益しか考えていない。技術はあるが市場に対して画期的な新商品も出せない。若手は古株に抑圧されて自由にできない。
例えばこんな会社が、これからは○○という分野のニーズが高くなりそうだから、今後はその分野の研究開発に力を入れて主力製品を変えていこう(笑)。
とやっただけで、この会社が今後飛躍できるのか? 良くって現状維持だろう・・
では何を目指せば良いのか?小生は今こそ「IT立国」を目指すべきだと愚考する。
IT産業なんて存在しない!と以前書いた人間が何を言っているのか?と思われるかもしれないが、21世紀は、環境技術の時代では無く、情報技術の時代だと思っている。それは情報スーパーハイウェイ構想(古っ!)とか電子政府を目指すとかそういう話しでは無い。
小生は、ネットの活用度は高い。気になる情報、知りたい知識はネットから得る。もちろん新聞や本といったソースも積極的に使ってはいる。しかし何時でも情報を引き出せる世の中になった変化は計りしれない。社会人、私人としてもこれは相当な変化をもたらしてきた。しかし社会システム自体はこの変化についていけていない。
一例を挙げよう、今試験会場に、インターネット接続可能なPCの利用が許可されたら、どうなるだろうか?試験の内容にもよるだろうが、皆100点を取るだろうか?おそらく中には50点しか取れない人もでるだろう?その差は答えを知っているかどうか(暗記している)の点差では無く、如何に上手にググれるか?の勝負になると言って良い。
この事が何を意味しているのか?あくまでも極論としてだが、記憶力コンテストだった今までの試験、受験というのは、批判はありながらも、物事を知っているor知らないという価値が実社会においても評価にもなるという事の正当性があった訳だが、現代の実社会において、それで人間の能力を測るのに全く無意味になってしまっている。
(本音ではまじめに「努力」が出来る人間か否かのコンテストでしょうが・・)
それよりも如何に、正確に情報を引き出すかのリテラシーを持った人間の方が遥かに評価ができるという事だ。(あくまで暗記 vs Google使いを、一視点軸で見ればだが)
もちろん学校教育におていインターネットの上手な使い方をしっかり教るべきという話しではない。
情報は何時でも、正確にネットから引き出せると仮定した時に必要な要素な何か?情報を記憶するのに長けている。情報を引き出すのに長けている。の問題では無く、その情報をもとに「思考」し本質的な解を求め行動できるかどうかが問われるのではないのか?
残念ながら日本の教育において「思考」する訓練というのは殆ど行われていない。これからの実社会において、個々人の思考力の差が、国家の力となる筈である。これほど情報のインフラが劇的に変化しているにも関わらず、相変わらず教科書に載っている内容を、如何に暗記するかの教育をやっている。日本人はただでさえ言語というハンディがある。情報のインフラが世界中で繋がり整備されてもそれを活用するのに、スタート時点でだいぶ遅れをとってしまう。
時間は掛るかもしれないが、言語の壁は現状の延長戦上にある教育もしくは、ITの進歩によって解決していく可能性はある。しかし情報を活用し活かす「思考力」に差がでれば、これは絶望的に国家の力を衰退させてしまう。
それから、政治。今の政治システムは本当に民が主体だろうか?議会制民主主義自体、見直す時期には来ていないか?政党の必要性が本当にあるのか?官僚の在り方は?それは、自民党憎し、官僚憎し、社保庁憎し、という次元の話しではない。様々な悪癖を、個々に起きた事象、現象の表面を捉え、悪い、憎い、腹を切れと合唱し、法律で規制する事が本質的な物事の解決になるだろうか?その本質はシステム自体が引き起こしているのでは無いのか?インターネットの発展は直接民主主義への可能性だって充分検討余地ができる筈だ。
一遍を見れば、企業においてはITを活かす事で、既存の縦割り型機能別の弊害を解消し、フラットで迅速な意思決定を可能にし、競争力を高めている企業は幾らでもある。もちろん国家政治と企業を並列で捉えられない面は多い。しかし表面的に現れる現象、事象は個々の能力や、モラールによって引き起こされているのでは無く、起こるべくして現象、事象を引き起こしている本質的なシステムの問題が必ず存在する。
この点においては安倍前首相の「戦後レジュームからの脱却」というテーマはひどく現実的な解であった様に思う。しかし多分に戦後政治へのアンチテーゼであり、何を目指す為に脱却するのかの論点が薄かったのと、自身の政治指導力に関しての疑問が残った感も否めない。
国家を日本株式会社と見た場合、今大変な危機にある事は言うまでもない。企業の状態を示す有名な言葉に「ゆで蛙」という言葉がある。本当にそうであるかは置いておいて、沸騰したお湯の中に蛙を放り込むと、当然ビックリして飛び出そうとする。しかし、水を浸した鍋に蛙を入れ段々と温めて行くと、蛙は沸騰するまで気づかずに茹であがって死んでしまう。という現象を企業の状態に例え、このままだと自社は危ない。何とかしなくてはと。心では思いつつ行動に移せない状態で、ちっとも変革できない様を示している。
日本は今まさに茹であがろうとしているのではないか?小生は常にそんな危機感を抱いている。
ハーバード大のクリステンセン教授が有名な著書「イノベーションのジレンマ」で、組織の能力は、資源(人とかお金)、プロセス、価値基準に従うと示している。資源は容易に移す事が可能だが、プロセスは価値基準によって最適化される為、破壊的イノベーションを生みだすには、既存組織に優秀な人材やお金を幾ら投入した所で無駄で、全くの別組織を作るか、全く別の価値基準をその組織に与えるしかないと示している。この事は会社勤めの経験者であれば誰もが納得する話しであろう。小生もサラリーマン時代ベンチャー企業に在籍した時期がある。その会社は創業から10年足らずで一部上場を果たす程の勢いであったが、突如逆風に曝された。(もちろん実際は突如では無く完全に論理的に説明できるのだがここでは割愛する)
しかし一度成功を味わった価値基準は容易には変革できない。同書でトヨタはプロセスを絶えず変革する事で強さを得たという説明がある。トヨタは勿論、現場からのQCサークルによる「カイゼン」によってプロセスを磨きあげてきた。
一方、組織の持つ価値基準はどうであろうか?ハッキリいってこれはを変えるのはボトムアップでは無理だ。出来るとしたら革命でありクーデターが必要になる。必ずトップダウンで行う必要がある。
歴史は国家システムの変革は常にこの二点(革命か破壊的な指導者)によってもたらされている。
しかし、フラット化した国家の構築ができれば(グローバルなフラット化では無く)真に民衆による政治が可能になる筈だ。確かにそのシステムを最初に築くには、ある程度上記二点の要件を満たす必要性がある。
しかし一度、それを築ければ自律的組織となり、常に適切な自己変革ができるであろう。
その為に絶対条件となるのは、正確な情報を引き出すリテラシーと、その情報から自ら思考できる「思考力」の二点に他ならない。
前者はネット社会において否応なしに飛躍的に高まって行くだろう。しかし後者はほっておいても育たない。またこの二点が育って且つ国家システムがそれに応じられない時は、国民にフラストレーションのみが高まるだけであろう。
今こそIT立国を目指せ!それは21世紀型の国家の形である。
(長くなったので後半はかなり端折ったので飛躍し過ぎだろう。またの機会に細かく説明したい)
2009年4月6日月曜日
2009年3月12日木曜日
クラウドはお好き?
クラウンドコンピューティング(以下クラウド)。はっきり言います。小生この言葉が大嫌い。
大嫌いと言う位だから、これは完全に私の個人的な嗜好の話しという前提で書きます。
クラウドコンピューティングに関して、下記Wikipediaより、
*****
従来のコンピュータ利用形態はユーザー(企業、個人など)がコンピュータ(ハードウェア、ソフトウェア)とデータを自分自身で所持し管理していたのに対し、クラウドコンピューティングでは「ユーザーはインターネットの向こう側からサービスを受け、サービス利用料金を払う」形になる。
*****
まず何か嫌いか?クラウドは「規模の経済」が働きすぎる。クラウドのビジネスをするのであれば、インターネットの向こうに多額の投資をする必要がある。データセンターや運営やサーバ、管理コスト。当然、利用者が増えれば、増えるほどこのコストは下がっていき、より良い「向こう側」を構築する事ができる。同時に「浮いたお金」でどんどん広告、宣伝を行う。利用者が増える。この循環がどんどん発生する。
当然ここには自己資本で始めた様な新規ITベンチャーがこのビジネスに参入する余地はない。すでにあるクラウド?上にサービスを構築するしかなくなるだろう。どこかのベンダーがそう表現する様に、クラウドベンダーは電気会社や水道会社の様な、インフラ企業となる事目指しているのだから当然かもしれないが、例えば革新的なソフトウェアのアイディアが生まれたとしても、それを作るのは、どこかのクラウドのインフラ上に構築する以外無い。と、するとそれはとても悲しい事では無いだろうか?クラウドはむしろオープン化の逆を行っている様に思えてならない。もちろんクラウドがデファクトになったとすればの話しだが・・・
ここまで書くと何かピンとこないだろうか?
クラウド勢はOSとオフィスソフトで覇権を握ったマイクロソフトを攻撃の対象としている。しかし、もしもどこかがクラウドで覇権を握れば、もはやそれを覆すのは至難の業になるのは自明で、結局は次のマイクロソフトを生むだけなのだ。
もちろん等のマイクロソフト自身もクラウド参入を表明している訳だが、まだまだいろいろな意味で含みを持たせている。どちらにも転べる様に・・・もちろん小生がマイクロソフトの熱心な信者では無い事も明言しておく。
ただ、
1・どこかのクラウドベンダーがマイクロソフト倒す。
2・マイクロソフトがクラウドの覇者となる
3・クラウドは流行らず、旧来のマイクロソフト型ビジネスが続く。
4・旧来のマイクロソフトビジネスとクラウドビジネスが共存する
実は小生はどうなろうが大した興味は無い。クラウドは嫌いと書いたが、もし仮に1・な世の中になっても受け入れる事はできる。クラウドが嫌いな最大の理由は、利用者側からみた時のクラウドの影響がどこまでどの様にあるかを考えた時である。
クラウド、クラウドと連呼したところで、それがもたらす影響は、
1・サーバの置き場所が変わる
2・支払う費用が変わる(安くなるとは限らない)
3・支払い方法が変わる
だけ。である。本当に「だけ」である。他に何かあるのであれば、是非教えて欲しい。
「インターネットに接続すればいつでも、どこでもプラットフォームに関係なく利用する事ができる」
「サーバのスペースや管理者が必要なくなる」
「使わなくなったら、辞める事ができる」
「ITを利用するのにどの様なサービスを利用したいか選ぶだけで良くなる」
幾ら、詭弁を弄した所で上記3つから外はれない。
○○コンピューティングという言葉で、思いだすのはEUC(エンドユーザコンピューティング)という言葉だ。ずいぶん昔に流行った言葉であるが、EUCがもたらしたインパクトは何であったか?企業内コンピューティングという観点で振り返ってみたい。
それこそ、20年も前に遡れば、パソコンはまだ企業では使われておらず、ホストコンピュータと呼ばれる大型コンピュータが企業における情報処理の中心だった。あとは部門毎位にホストコンピュータに繋がる端末(これ自体は何の処理もしない)と、ワープロと、電卓と言ったところだろう。
売上の集計や在庫管理、経理処理等々、何をするにも部門の利用者(エンドユーザ)は、電算室に依頼を出し、電算室の人間が自ら、プログラムを作成し、テストを行い。完成させる。というフェーズを経て、ホストコンピュータの空いている時間に、バッチ処理として流してもらう必要がった。すなわち業務担当者達はコンピュータを利用していた訳では無く、コンピュータに処理してもらっていた。分かりやすく言うと、どこか目的地に移動するにあったて、公共機関。電車やバスを利用するのか、自家用車で行くかの違いと似ている。前者は自分が好きな時間に、好きな場所で乗って、好きな場所で降りるわけにはいかない。あくまでも乗る場所は、バス停か駅。時間は時刻表に従う。降りる場所も決められた場所となる。後者は何の原則なんの制約も受けない。(法律と道路の及ぶ範囲で)
ビジネスの世界でパソコンの利用が一人一台となり、コンピューターの利用が各個人レベルに落ちた事は、非常にインパクトがあった。むろん当初はスタンドアロンで表計算やワープロが中心であったが、それでも「ちょっとした業務」を自分のパソコンで出来る様になったメリットは図りしれない。その後、企業内ネットワークが発達しクライアント&サーバ型のエンタープライズアプリケーションの登場により、いよいよホストコンピュータ中心のコンピューティングから、エンドユーザコンピューティングが活発化する。もちろん企業の中にいろいろな「ミニシステム」が構築されたり、気軽に導入出来るからといって部門レベルでのシステムが構築され、分散しすぎた企業内システムが弊害を引き起こしてきた事も事実だ。
しかし、インパクトの面で見れば、エンドユーザコンピューティングはクラウドコンピューティングとは比べモノにならない程、我々のコンピュータの利用の方法を変えてきた。
確かに理論上は、クラウドコンピューティングは規模の経済の上に成り立つ為、利用者が増え、業者も淘汰が進めば、支払うコストは少なく済む筈だ。しかし件のマイクロソフトはOSやビジネスソフトを圧倒的に支配するまでになったが、コスト面では利用者が恩恵を受けた事は少ない。むしろ望みもしないバージョンアップを強要され、本来払いたくもないコストを支払わされてきた感がある。
クラウドがそうであると危険を提唱するつもりは無い。なぜならクラウドが覇権を握る可能性が非常に低いと考えるからだ。小生、雲のこちら側の人々にも知り合いは多くいる。が、残念ながら「クラウド」という言葉など全く興味が無い人が殆どだ。経済危機の中でどう舵取りしていくか?本当に真剣だ。あちら側の人達との温度差を考えれば、小生がそう考える理由がそこにある。
あちら側の人達に望む事は、本当にビジネスに役に立つコンピュータ利用方法の提供であって、(エンタープライズアプリケーション導入プロジェクト成功率が3割?)、良く分からない「雲」を「こんどはコレですよ!」と、こちら側に売り込みをされる事では無い。
本来は経済危機に立ち向かう立派な武器になる筈のコンピュータを、「雲」などと言ってごまかすのはもうやめて欲しい。スタンドアロンでも、クライアントサーバでも安くて役に立つのであればいい筈だ。環境に役立てるのであれば、超ハイスペックになったクライアントPCのCPUをフルにぶん回した方がよっぽど良い。
(ちなみに小生は去年8月にノートPCを新調したが、全く快適では無い。WindowsVistaは最低のOSだ。折角のハイスペックなPCのパワーの殆どOSに取られ、業務効率はちっとも上がらない。)
おそらく向こう側の人達も本音では、こんな事言われなくても十分理解している。しかしエンタープライズのアプリケーションを企業経営にどう役立てるのかを提言するより、コンピュータ屋の得意なプラットフォームやテクノロジーの話しに挿げ替える方が楽に決まっている。雲の向こうにいる人達は神様になりたいのかもしれないが、顧客はもっと別の足元で悩んでいる。
最低限、その人達に解る言葉で伝えなければその宗教は流行らない。その為の伝道師達作りにも躍起の様だが、自分が儲ける事を考えている神様と、おこぼれをもらおうとする伝道師達の関係では、あやしげな新興宗教となにひとつ違いは無いのではないか?
大嫌いと言う位だから、これは完全に私の個人的な嗜好の話しという前提で書きます。
クラウドコンピューティングに関して、下記Wikipediaより、
*****
従来のコンピュータ利用形態はユーザー(企業、個人など)がコンピュータ(ハードウェア、ソフトウェア)とデータを自分自身で所持し管理していたのに対し、クラウドコンピューティングでは「ユーザーはインターネットの向こう側からサービスを受け、サービス利用料金を払う」形になる。
*****
まず何か嫌いか?クラウドは「規模の経済」が働きすぎる。クラウドのビジネスをするのであれば、インターネットの向こうに多額の投資をする必要がある。データセンターや運営やサーバ、管理コスト。当然、利用者が増えれば、増えるほどこのコストは下がっていき、より良い「向こう側」を構築する事ができる。同時に「浮いたお金」でどんどん広告、宣伝を行う。利用者が増える。この循環がどんどん発生する。
当然ここには自己資本で始めた様な新規ITベンチャーがこのビジネスに参入する余地はない。すでにあるクラウド?上にサービスを構築するしかなくなるだろう。どこかのベンダーがそう表現する様に、クラウドベンダーは電気会社や水道会社の様な、インフラ企業となる事目指しているのだから当然かもしれないが、例えば革新的なソフトウェアのアイディアが生まれたとしても、それを作るのは、どこかのクラウドのインフラ上に構築する以外無い。と、するとそれはとても悲しい事では無いだろうか?クラウドはむしろオープン化の逆を行っている様に思えてならない。もちろんクラウドがデファクトになったとすればの話しだが・・・
ここまで書くと何かピンとこないだろうか?
クラウド勢はOSとオフィスソフトで覇権を握ったマイクロソフトを攻撃の対象としている。しかし、もしもどこかがクラウドで覇権を握れば、もはやそれを覆すのは至難の業になるのは自明で、結局は次のマイクロソフトを生むだけなのだ。
もちろん等のマイクロソフト自身もクラウド参入を表明している訳だが、まだまだいろいろな意味で含みを持たせている。どちらにも転べる様に・・・もちろん小生がマイクロソフトの熱心な信者では無い事も明言しておく。
ただ、
1・どこかのクラウドベンダーがマイクロソフト倒す。
2・マイクロソフトがクラウドの覇者となる
3・クラウドは流行らず、旧来のマイクロソフト型ビジネスが続く。
4・旧来のマイクロソフトビジネスとクラウドビジネスが共存する
実は小生はどうなろうが大した興味は無い。クラウドは嫌いと書いたが、もし仮に1・な世の中になっても受け入れる事はできる。クラウドが嫌いな最大の理由は、利用者側からみた時のクラウドの影響がどこまでどの様にあるかを考えた時である。
クラウド、クラウドと連呼したところで、それがもたらす影響は、
1・サーバの置き場所が変わる
2・支払う費用が変わる(安くなるとは限らない)
3・支払い方法が変わる
だけ。である。本当に「だけ」である。他に何かあるのであれば、是非教えて欲しい。
「インターネットに接続すればいつでも、どこでもプラットフォームに関係なく利用する事ができる」
「サーバのスペースや管理者が必要なくなる」
「使わなくなったら、辞める事ができる」
「ITを利用するのにどの様なサービスを利用したいか選ぶだけで良くなる」
幾ら、詭弁を弄した所で上記3つから外はれない。
○○コンピューティングという言葉で、思いだすのはEUC(エンドユーザコンピューティング)という言葉だ。ずいぶん昔に流行った言葉であるが、EUCがもたらしたインパクトは何であったか?企業内コンピューティングという観点で振り返ってみたい。
それこそ、20年も前に遡れば、パソコンはまだ企業では使われておらず、ホストコンピュータと呼ばれる大型コンピュータが企業における情報処理の中心だった。あとは部門毎位にホストコンピュータに繋がる端末(これ自体は何の処理もしない)と、ワープロと、電卓と言ったところだろう。
売上の集計や在庫管理、経理処理等々、何をするにも部門の利用者(エンドユーザ)は、電算室に依頼を出し、電算室の人間が自ら、プログラムを作成し、テストを行い。完成させる。というフェーズを経て、ホストコンピュータの空いている時間に、バッチ処理として流してもらう必要がった。すなわち業務担当者達はコンピュータを利用していた訳では無く、コンピュータに処理してもらっていた。分かりやすく言うと、どこか目的地に移動するにあったて、公共機関。電車やバスを利用するのか、自家用車で行くかの違いと似ている。前者は自分が好きな時間に、好きな場所で乗って、好きな場所で降りるわけにはいかない。あくまでも乗る場所は、バス停か駅。時間は時刻表に従う。降りる場所も決められた場所となる。後者は何の原則なんの制約も受けない。(法律と道路の及ぶ範囲で)
ビジネスの世界でパソコンの利用が一人一台となり、コンピューターの利用が各個人レベルに落ちた事は、非常にインパクトがあった。むろん当初はスタンドアロンで表計算やワープロが中心であったが、それでも「ちょっとした業務」を自分のパソコンで出来る様になったメリットは図りしれない。その後、企業内ネットワークが発達しクライアント&サーバ型のエンタープライズアプリケーションの登場により、いよいよホストコンピュータ中心のコンピューティングから、エンドユーザコンピューティングが活発化する。もちろん企業の中にいろいろな「ミニシステム」が構築されたり、気軽に導入出来るからといって部門レベルでのシステムが構築され、分散しすぎた企業内システムが弊害を引き起こしてきた事も事実だ。
しかし、インパクトの面で見れば、エンドユーザコンピューティングはクラウドコンピューティングとは比べモノにならない程、我々のコンピュータの利用の方法を変えてきた。
確かに理論上は、クラウドコンピューティングは規模の経済の上に成り立つ為、利用者が増え、業者も淘汰が進めば、支払うコストは少なく済む筈だ。しかし件のマイクロソフトはOSやビジネスソフトを圧倒的に支配するまでになったが、コスト面では利用者が恩恵を受けた事は少ない。むしろ望みもしないバージョンアップを強要され、本来払いたくもないコストを支払わされてきた感がある。
クラウドがそうであると危険を提唱するつもりは無い。なぜならクラウドが覇権を握る可能性が非常に低いと考えるからだ。小生、雲のこちら側の人々にも知り合いは多くいる。が、残念ながら「クラウド」という言葉など全く興味が無い人が殆どだ。経済危機の中でどう舵取りしていくか?本当に真剣だ。あちら側の人達との温度差を考えれば、小生がそう考える理由がそこにある。
あちら側の人達に望む事は、本当にビジネスに役に立つコンピュータ利用方法の提供であって、(エンタープライズアプリケーション導入プロジェクト成功率が3割?)、良く分からない「雲」を「こんどはコレですよ!」と、こちら側に売り込みをされる事では無い。
本来は経済危機に立ち向かう立派な武器になる筈のコンピュータを、「雲」などと言ってごまかすのはもうやめて欲しい。スタンドアロンでも、クライアントサーバでも安くて役に立つのであればいい筈だ。環境に役立てるのであれば、超ハイスペックになったクライアントPCのCPUをフルにぶん回した方がよっぽど良い。
(ちなみに小生は去年8月にノートPCを新調したが、全く快適では無い。WindowsVistaは最低のOSだ。折角のハイスペックなPCのパワーの殆どOSに取られ、業務効率はちっとも上がらない。)
おそらく向こう側の人達も本音では、こんな事言われなくても十分理解している。しかしエンタープライズのアプリケーションを企業経営にどう役立てるのかを提言するより、コンピュータ屋の得意なプラットフォームやテクノロジーの話しに挿げ替える方が楽に決まっている。雲の向こうにいる人達は神様になりたいのかもしれないが、顧客はもっと別の足元で悩んでいる。
最低限、その人達に解る言葉で伝えなければその宗教は流行らない。その為の伝道師達作りにも躍起の様だが、自分が儲ける事を考えている神様と、おこぼれをもらおうとする伝道師達の関係では、あやしげな新興宗教となにひとつ違いは無いのではないか?
2009年2月3日火曜日
ブラック企業になれますか?
IT産業とかIT企業。という言葉はすっかり定着した感があるが、そのイメージはと聞かれれば「虚業」「如何わしい」「新3K(きつい、厳しい、帰れない)」「ゼネコン体質」と、小生が思い浮かぶだけでもマイナスイメージのオンパレードだ。
「虚業」に関しては、ライブドア事件以来すっかり定着したが、「新3K」とか「ITゼネコン」は、かなり昔からこの業界には蔓延している。SIerやソフトハウスと呼ばれる企業の多重請負体質が、その要因となっている。
小生、仕事柄このIT企業の経営層と話す機会が結構あるのだが、昨今の経済環境は当然これらIT産業へもダメージをもたらしている。もともとIT技術者はグローバル化し、中国、インドでのオフショア開発も盛んになり、人月の単価は下落傾向にあったが、それでも、つい去年の中までは、システム投資も右肩上がりだった為、業界自体はまだまだ伸びている感があった。そこへ今回の経済危機。単価が下がっている状況で、需要が一気に冷え込んだのだから、中堅以下のシステム会社(ここではあえてそう表現する)は相当に厳しい状況と言える。
「受託開発や請負派遣だけでは、もうやっていけない事は解っているので、何とか脱却したいのですが・・・」
こう言う話しは経済危機よりも前も随分と聞いたが、一気に深刻化したといえる。
しかし、残念ながら、小生「大変ですね」としか答え様がない。
「受託開発」というのは「ITゼネコン」の言葉が表わす様に、どこか一次請け、二次請け、下手をすると三次、四次・・・がいて、エンドユーザはどこかすら知らず、言われたシステム(の一部)を開発する事が多い。もしくは元請け会社に出向してプロジェクトメンバーとして振る舞う「業務請負」形式で仕事を取ってきたりする。
確かにシステム会社の中でも、元請け会社に「業務請負」として「常駐」させる事(はっきり言って偽装請負です。)を生業としている企業は一番馬鹿にされている。(その次が受託開発かな)
では「脱却」とは何を指しているのか?
その殆どは「自前でパッケージソフトを開発して直接販売」したり「エンドユーザに対して、直接ソリューション提供していく」などの行為を指している様だ・・・
言葉をIT産業に戻そう。小生の勝手な見解を言わせて頂くなら「世の中に「IT産業」なんて産業は存在していない」。
もし、そんな産業が存在するならば、それは全て「虚業」である。
「IT産業」に所属する「IT企業」はハードメーカ、ソフトメーカ、通信事業者・・多種、多様に渡る様であるが、一般的にはIT=Information Technology=情報技術である。「情報技術産業」?例えば「宇宙技術」「航空技術」なら解る。何かしらのIndustryに対するTechnologyであるのに対して、informationはそうでは無い。
辞書を調べるとInformation Technology=情報工学となる様だ、小生は英語全く駄目なのでボロが出そうだが、技術そのものが産業になる事なんて本来ありえない筈だ。例えば、数ミクロンという単位で金属を削れる職人が揃っている金属加工技術会社です。なんてありえないのだ。
・金属加工のスペシャリストを派遣する「人材派遣会社」です。
・金型等を数ミクロン単位の精度で削る「金属加工会社」です。
のどちらかだろう。
更に続けよう。
基本的にIT企業という言葉で語られる成功企業は、「ショッピングモールの運営」であったり、「携帯電話の販売」であったり「金融商品の販売」であったり「ゲーム、娯楽を提供、販売」「本の販売」「広告収益で稼ぐメディア」であったり「電子文房具」や「電子大福帳」を作っているメーカであったりする。
もちろん裏にはネットワーク機器のメーカやサービス企業がいる。そのさらに裏にはOSメーカやらもあり、ちゃんと川下である一般消費者に対して明確な価値提供が行われており、川上からバリューネットワークが構築されているのである。
然るに、情報技術だけでは何の経済的価値を生むことは無い。
話がだいぶ飛躍したので戻し、5年ほど前、ネットでブラック企業の最右翼とされるシステム会社の幹部と話しをした際に聞いた言葉を紹介しよう。
その人は「うちがここまで大きくなり成功したのは、決して上流工程に手を出さなかった為だ」と言い切った。
その当時、その会社の新卒採用は1000名を超えていた。当然、彼ら(彼女ら)もプログラマーなどの下流工程の仕事を、下請けでやっていると限界を感じて来る。キャリアパスに不安を覚え、上流のSEを目指そうとうするのは自然の流れだ。しかしこの会社は規模は大きいが上流を決してやらない為、殆ど30際前後で辞めていくそうだ。
社員達はきっと、自分のキャリアだけで無く、多少の愛社精神からもウチの会社も、もっと上流をやれば会社としても「脱却」できるのに・・と考え憮然と辞めていくのだろう。容易に想像がつく。
が、その会社は実は意図して「脱却」しない様にしているのだ。
まさにブラック企業の面目躍如といったところか。。。
しかし、考えても見て欲しい。小生の知る限り日本の「IT産業」とやらの6割位は、単なる「人材斡旋業」だ?いくらカッコつけようが、契約形態が派遣契約じゃなかった所で、「脱却」したいと口だけ言ってみたところで、その中身は単に「労働力」という価値を提供してるだけに過ぎない。すなわち、経営者は、労働力を採用し、その労働力を必要としているところを見つけてきてマージンを稼ぐという斡旋稼業の元締なのだ。それ以外の価値を提供しているならば、教えてほしい。(まさかJavaに強いとか、コンサル力とか、ERPに自信有り、とか言わないよね。)
結局この6割の中でも、成功している企業は、自分達のビジネスが「人材斡旋業」であるとしっかり定義して、割り切った企業ではないだろうか。即ち可能な限り安く商品を仕入れて、可能な限り高く売る。この場合の商品は社員だ。引き受けてのない社員は在庫だ。高齢、高給の社員は仕入れ値が高い。そういうものを排除できる仕組みが必要だ。だからブラック企業と呼ばれる。よりディープに、法律すれすれ、モラルは捨てろ!ブラックに徹しきる力が成長の源だ。ディープブラック!ハードブラック!・・・(失礼!)
「受託開発や請負派遣だけではもうやっていけない事は解っているので、何とか脱却したいのですが・・・」
真面目に答えるならば、
「あなたの会社が提供している価値は何?」
「小売業?メディア?ゲーム会社?金融業?広告代理店?違いますよね」、「人材斡旋業ですよね。労働力を売っているのですよね?」
ならば「人材斡旋業から金融業や小売業、文房具メーカとかに業種転換したいの?」「なに業がしたいの?」「そんな事出来るのア・ナ・タに・・・」
それとも「もっといい客に高く労働力を売りたいの?」だったらかっこ良い事言わず、ちゃんと腹を括るべきでは?その代わりア・ナ・タは立派な「ミニブラック企業」の経営者ですよ。
「単なる人売り見たいな事はしたくない?」だったら「貴方にとって理想の斡旋業を経営してみては?」
「IT産業」・・・この言葉がギョーカイの経営者を甘えさせている気がしてならない。
そんな産業は存在しない。と思う。
決して、苦しむ人を小馬鹿にするつもりはないけれど、本当の意味で日本がIT大国になるならば、こういう経営者達のレベルアップを期待せずにはいられない。
「虚業」に関しては、ライブドア事件以来すっかり定着したが、「新3K」とか「ITゼネコン」は、かなり昔からこの業界には蔓延している。SIerやソフトハウスと呼ばれる企業の多重請負体質が、その要因となっている。
小生、仕事柄このIT企業の経営層と話す機会が結構あるのだが、昨今の経済環境は当然これらIT産業へもダメージをもたらしている。もともとIT技術者はグローバル化し、中国、インドでのオフショア開発も盛んになり、人月の単価は下落傾向にあったが、それでも、つい去年の中までは、システム投資も右肩上がりだった為、業界自体はまだまだ伸びている感があった。そこへ今回の経済危機。単価が下がっている状況で、需要が一気に冷え込んだのだから、中堅以下のシステム会社(ここではあえてそう表現する)は相当に厳しい状況と言える。
「受託開発や請負派遣だけでは、もうやっていけない事は解っているので、何とか脱却したいのですが・・・」
こう言う話しは経済危機よりも前も随分と聞いたが、一気に深刻化したといえる。
しかし、残念ながら、小生「大変ですね」としか答え様がない。
「受託開発」というのは「ITゼネコン」の言葉が表わす様に、どこか一次請け、二次請け、下手をすると三次、四次・・・がいて、エンドユーザはどこかすら知らず、言われたシステム(の一部)を開発する事が多い。もしくは元請け会社に出向してプロジェクトメンバーとして振る舞う「業務請負」形式で仕事を取ってきたりする。
確かにシステム会社の中でも、元請け会社に「業務請負」として「常駐」させる事(はっきり言って偽装請負です。)を生業としている企業は一番馬鹿にされている。(その次が受託開発かな)
では「脱却」とは何を指しているのか?
その殆どは「自前でパッケージソフトを開発して直接販売」したり「エンドユーザに対して、直接ソリューション提供していく」などの行為を指している様だ・・・
言葉をIT産業に戻そう。小生の勝手な見解を言わせて頂くなら「世の中に「IT産業」なんて産業は存在していない」。
もし、そんな産業が存在するならば、それは全て「虚業」である。
「IT産業」に所属する「IT企業」はハードメーカ、ソフトメーカ、通信事業者・・多種、多様に渡る様であるが、一般的にはIT=Information Technology=情報技術である。「情報技術産業」?例えば「宇宙技術」「航空技術」なら解る。何かしらのIndustryに対するTechnologyであるのに対して、informationはそうでは無い。
辞書を調べるとInformation Technology=情報工学となる様だ、小生は英語全く駄目なのでボロが出そうだが、技術そのものが産業になる事なんて本来ありえない筈だ。例えば、数ミクロンという単位で金属を削れる職人が揃っている金属加工技術会社です。なんてありえないのだ。
・金属加工のスペシャリストを派遣する「人材派遣会社」です。
・金型等を数ミクロン単位の精度で削る「金属加工会社」です。
のどちらかだろう。
更に続けよう。
基本的にIT企業という言葉で語られる成功企業は、「ショッピングモールの運営」であったり、「携帯電話の販売」であったり「金融商品の販売」であったり「ゲーム、娯楽を提供、販売」「本の販売」「広告収益で稼ぐメディア」であったり「電子文房具」や「電子大福帳」を作っているメーカであったりする。
もちろん裏にはネットワーク機器のメーカやサービス企業がいる。そのさらに裏にはOSメーカやらもあり、ちゃんと川下である一般消費者に対して明確な価値提供が行われており、川上からバリューネットワークが構築されているのである。
然るに、情報技術だけでは何の経済的価値を生むことは無い。
話がだいぶ飛躍したので戻し、5年ほど前、ネットでブラック企業の最右翼とされるシステム会社の幹部と話しをした際に聞いた言葉を紹介しよう。
その人は「うちがここまで大きくなり成功したのは、決して上流工程に手を出さなかった為だ」と言い切った。
その当時、その会社の新卒採用は1000名を超えていた。当然、彼ら(彼女ら)もプログラマーなどの下流工程の仕事を、下請けでやっていると限界を感じて来る。キャリアパスに不安を覚え、上流のSEを目指そうとうするのは自然の流れだ。しかしこの会社は規模は大きいが上流を決してやらない為、殆ど30際前後で辞めていくそうだ。
社員達はきっと、自分のキャリアだけで無く、多少の愛社精神からもウチの会社も、もっと上流をやれば会社としても「脱却」できるのに・・と考え憮然と辞めていくのだろう。容易に想像がつく。
が、その会社は実は意図して「脱却」しない様にしているのだ。
まさにブラック企業の面目躍如といったところか。。。
しかし、考えても見て欲しい。小生の知る限り日本の「IT産業」とやらの6割位は、単なる「人材斡旋業」だ?いくらカッコつけようが、契約形態が派遣契約じゃなかった所で、「脱却」したいと口だけ言ってみたところで、その中身は単に「労働力」という価値を提供してるだけに過ぎない。すなわち、経営者は、労働力を採用し、その労働力を必要としているところを見つけてきてマージンを稼ぐという斡旋稼業の元締なのだ。それ以外の価値を提供しているならば、教えてほしい。(まさかJavaに強いとか、コンサル力とか、ERPに自信有り、とか言わないよね。)
結局この6割の中でも、成功している企業は、自分達のビジネスが「人材斡旋業」であるとしっかり定義して、割り切った企業ではないだろうか。即ち可能な限り安く商品を仕入れて、可能な限り高く売る。この場合の商品は社員だ。引き受けてのない社員は在庫だ。高齢、高給の社員は仕入れ値が高い。そういうものを排除できる仕組みが必要だ。だからブラック企業と呼ばれる。よりディープに、法律すれすれ、モラルは捨てろ!ブラックに徹しきる力が成長の源だ。ディープブラック!ハードブラック!・・・(失礼!)
「受託開発や請負派遣だけではもうやっていけない事は解っているので、何とか脱却したいのですが・・・」
真面目に答えるならば、
「あなたの会社が提供している価値は何?」
「小売業?メディア?ゲーム会社?金融業?広告代理店?違いますよね」、「人材斡旋業ですよね。労働力を売っているのですよね?」
ならば「人材斡旋業から金融業や小売業、文房具メーカとかに業種転換したいの?」「なに業がしたいの?」「そんな事出来るのア・ナ・タに・・・」
それとも「もっといい客に高く労働力を売りたいの?」だったらかっこ良い事言わず、ちゃんと腹を括るべきでは?その代わりア・ナ・タは立派な「ミニブラック企業」の経営者ですよ。
「単なる人売り見たいな事はしたくない?」だったら「貴方にとって理想の斡旋業を経営してみては?」
「IT産業」・・・この言葉がギョーカイの経営者を甘えさせている気がしてならない。
そんな産業は存在しない。と思う。
決して、苦しむ人を小馬鹿にするつもりはないけれど、本当の意味で日本がIT大国になるならば、こういう経営者達のレベルアップを期待せずにはいられない。
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