久々に「朝まで生テレビ」を見た。と言っても朝までではないのだが・・・
この番組を見るのは何年ぶりだろうか?記憶に無い位久々である。
もちろん「尖閣」の問題もあって興味本位で見た訳だが・・・
この番組が始まった当初は、他にこの手の企画の番組もなくちょこちょこ見て居たんだけど、知識人だか評論家だか知らないが、結局は自分の中の結論ありきでその為に自分の都合の良いデータやら論理だけを引っ張り出して来て自分が如何に正しいかを主張する。自分の主張を正当化する為の知識で武装するなんて下らな過ぎる。勿論反論する側も同様だから全く収拾が付かないし結論や発展的な議論になどなり様も無い。ファシリテータの能力の問題以前に、まあパネリストの選定というか、そもそもこんな連中に知識人とか評論家だなどと「称号」を与えてしまう世間がアホなのかも知れないと若いながらに思っていた。
まあ、真面目な討論番組では無く、バラエティと思って見ればまあこんなものかもしれないが。
さて、今回放送の「朝まで生テレビ」(9月24日(金)放送)のテーマは「日本を元気にする薬はあるのか?」で、「尖閣」に関しては急遽組まれたもので、経済が中心のテーマ。「尖閣」のパートはどうでも良かったのでスルーして、本題の「日本を元気にする薬はあるのか?」から・・・・しょっぱなは日本の企業はマーケティングが駄目見たいな話しが出て、とりとめもなく、次は「日銀はもっとお金を刷れ」とかそんな話しが出て・・・・・・・・・で、もうあまりの酷さ(いやむしろバラエティとしては抱腹絶倒か?)に、テレビを消してしまった。
ただ、最初に田原総一郎氏が切り出した「日本は円高でお金も強い。技術力も総じて高い。人材も他の国に比べれば優秀で良く働く。なのに何でこんなに酷いのか?」(←詳細発言に関してはうろ覚えなのでご容赦)という問い掛けは非常に良かった。この切り出しに対して、直球で回答できるパネリストは居なかった。なのでマーケティングがという超ミクロな話しから始まって日銀が・・・見たいなマクロの話しに話がブレまくって。。。。
小生が一言で言うなら、日本という国の構造(システム)が引き起こしている問題。と言う。
さて無知な小生が経済学の観点から現状を考えるのは難しいので、もっとミクロな日常から今のデフレを見て見たいと思う。デフレ下では言うまでも無く物の価値が下がっていく。物が高く売れないので給与が下がる。高い物が買えなくなるので・・・というのがデフレスパイラル。良く例えに出る牛丼。今では200円台で食べられる。ジーパンは1000円以下で買える様になった。(小生が学生の頃は安いのでも6800円位だった気がする・・・ちなみに昨日発表のサラリーマンの平均年収は407万で過去最低だそうだ)
例えば、1万円で売れて居た物が、1000円でしか売れなくなったら、そりゃ不況にもなる訳で・・・では、何で価格が下がるの?と言えば、安く作る(輸入する)事が可能になったから・・・同じ物が安く売られていたら、安い方を選ぶのは当然な訳で・・・・・おいおいおお前は小学生か?と言われそうな話しだが、高い物が買えなくなったから、安い物を買っている訳では無く、単純に見れば、国や企業が望む。望まないにせよ、新興国の発展、グローバル化などで、安く売る(作る)事が可能になってしまった訳だ。この議論はニワトリと卵では無く、明らかにこっちが先の話しだ。
何故なら当のユニクロも、ゼンショーも、ニトリもバンバン利益を上げている。対応できない企業が業績を悪化させてリストラに走っている訳だ。単純に円高や新興国の発展で製造の原価が下がっただけでは無い。今や日本の飲食店の店員の多くは外国人アルバイトだ。サービスの価格もグローバル化によって下がっている。
しかし、これは何も解り易い飲食、小売、製造の話しだけでは無い。サービスや娯楽を含めた、ありとあらゆる物の価値が下がっている事にちゃんと気付いているだろうか?よく「若者の○○離れ」という話しを耳にするが、これも一つの事象だろう。例えば、ここ10年で「プロ野球」の商品価値は激減してしまった。小生が社会人に成りたての頃(約20年前)は「プロ野球」は、ビジネスのコミュニケーション上の一つの嗜みでもあった。優勝チームを占うのは当然として、誰が首位打者を取りそうだとか、ホームラン王は誰だとか、職場や客先で1日1回はそういう話題があり、その会話についていけない事はかなりデメリットですらあった。それが今では地上波の中継すら無くなってしまうのだから驚く限りだ。これ程急激に価値が低下しているにも関わらず、選手や職員達の雇用と年俸を維持しようとすれば、球団経営は赤字になるに決まっている。
「車離れ」であれば、買うお金が無くなっているという説明も立たなくは無いが、「プロ野球」をテレビで見るのにお金が掛る訳では無い。(ちなみに昔の若者の多くは、お金が無い中無理なローンを組んで車に乗っていた・・・)
この例で見るならば森永卓郎氏の様なスウィート左翼が、雇用と、年俸を守れば景気が良くなるなんて言っているが如何に無茶苦茶であるか解って頂けるだろう(彼の場合は、解っていて商売として主張している可能性は否定できないが)。もちろんマーケティング云々の次元の話しでも無い。
「プロ野球」の例で見るならば「新興国の台頭」は関係ない。いわれる様に趣味の多様化(インターネット、携帯)かもしれない。もちろん「プロ野球」だけでは無い。プロ野球というキラーコンテンツの価値が下がった事は、スポーツ新聞の記事の価値を下げてしまった。ネットの普及は紙媒体の価値を下げたと同時に。知的生産物の価値もさげた。
・(情報の)媒体としての価値
・(情報の)希少性の価値
・(情報の)娯楽性の価値
ここ10年で価値が下がった物を列挙して見ると良い。「車」なんてまだマシな事に気付くだろう。
例えば・・・
・マス媒体の宣伝効果
・新聞、本、雑誌
・ソフトウェアなどの知的生産物
・コンサルタントのフレームワークやメソッド(笑)
・丁寧に商品説明をしてくれる店員の価値。
・卸売
・金融機関などの窓口業務
・アイドルの水着姿
etc
今までであれば、物の価値が下がるのは、技術革新によって生産技術が向上したり、代替えとなる技術が生まれる。普及段階で参入プレーヤが増えて価格競争が始まる。などが主因として語られてきたが、単純に「グローバル化によって人件費が安くなったから」では説明できない物も多くその価値が下げている。解り易い「情報」だけでは無い。映像技術とネットの発展は全く関係なさそうな「移動する事の価値」も下げる可能性が充分にある。車や電車、飛行機の運賃、旅行などの価値も下げてしまう可能性がある。
その多くはインターネット普及に伴う「情報のインフレ」がもたらしていると言える。またネット(IT)の発展がグローバル化を加速されたという側面もあるし、その逆も然りだ。
音楽家は元々パトロンからお金を貰って演奏を披露していた。音楽を奏でたり、聞く事が大衆化するとそれが興業になり、やがてレコードが開発されると、その情報をコピーして売る事でお金を得る事が出来る様になった。それがネット(IT)社会になり・・・ビジネスモデルというものは、当り前だが、社会環境の変化や、技術の発展により変化するものなのである。今は情報そのものの価値が下った為、情報をコピーして売る事の価値も低くなった。その変わりに、情報を共有する場を提供する者、情報を整理して欲しい情報に導く者の価値が上がった。
ちなみに小生は何も、一時期流行った「ネット進化論-ネットとは何であるか?」的な議論をしたい訳では無い。そんな議論は情報を伝えるデバイスという意味では「伝書鳩とは何であるか」を喧々諤々議論しているのと同じだ。
物の価値を下げているのは「新興国の発展」「グローバル化」だけでは無いのである。
「物自体の価値」(組み立てや加工の価値)と「情報の価値」この両方が複雑に絡み合い急激に下がりつつあり、今まで市場を支配してきた商品、サービスの価値を下げているのである。あらゆる産業はこの波から逃れる事は出来ない。
物作りが新興国にシフトしただけではない。既存の産業が持っていた価値をGoogle,Amazon,Appleなどがどんどん吸い取ってシフトしていると言えば解るだろうか。これは「代替え」ではない。まさにパラダイムシフトが世界規模、全分野で起きているのが今だ。既存分野の持続的なイノベーションでは対応できない。重要な事は「どうシフト」するか?だ。
出版社、広告代理店やレコード会社が苦しんでいる事を「リーマンショック」のせいだ。とだけ捉えるのは明らかに間違った見方だ。こう言い方をすれば誰もが解る事なのに、知識人(笑)とか政治家の連中は日銀のせいだとかで議論してしまうらしい。
今までの考え方の延長ではとても対応出来ない。発展を拒否しないのであれば、経営、国の在り方から変えなければならないのは自明だ。既存の産業保護だけに奔走しいればが衰退して行く流れは止めようもなく、小手先の金融政策ではどうしようもない。日本の強みはあらゆる面で無効化してきており、日本という国が作り出す付加価値の総和が下がっている(労働生産性)。
新しいパラダイムに併せて構造を変えるしかないのだ。にも関わらず、既得権益を守りたくって仕方のない連中が「構造改革は格差社会を生んだ。」などと根拠の無い情緒論で煽り、改革を拒否してばら撒きを煽った。例えるなら世の中の変わる現実が直視できない老人達(自分達の昔ながらの価値感を否定できない人)が見る人が少なくなってしまった「プロ野球」(既存の産業)を税金で保護して選手の高額年俸(正社員)を維持。それに選手も甘えて、皆で無理矢理今の構造を維持しようとして、新しい物にはお金が回らない。こんな姿が日本の現状だ。
(あくまでも例えで、プロ野球結構好きです。あまり見なくなりましたが)
これでは逆に格差が生まれるに決まっている。「既得権益層」と。「そうで無い者」との格差。
昔のこのブログで民主党が政権を取れば格差が広がると書いたのは、民主党の支持母体が既得権益層ばかりだからだ。
産業の新陳代謝を活性化させる為に、思いきった規制緩和。税制改革(消費税への移行)法人税の引下げ。人材の流動性確保(解雇の緩和)。ベンチャーの育成(直接支援する様な方法を取るとロクな事にならないので間接的に)。そしてなにより教育改革。ハッキリ言ってこれしか手はあるまい。(金融機関の暴走に歯止めを掛ける様な規制は必要だが)
伴う痛みはどうすんのかって?・・・・本当に公正なルールの元での格差なら不満は少ないだろうし、つい100年も遡れば日本人は食って行く為に、南米でも北米でも移住した。国内に居ても牛丼は300円出せばお釣りが来る。
ちなみに、「デフレ Google」でググったら・・・デフレの原因はGoogle的な記事は1個も無かった(笑)
P.S.
一部の人に小沢一郎待望論みたいなものがある。彼にはリーダーシップと志があり、その志を達するには権力が必要で、ある程度非常の手段(金集め)もあって然るべき。それをマスコミが極悪人の様に書き立てたから無知な大衆は・・・というものである。
特に根拠がある話しでも無いので都市伝説と一緒で「はぁ左様ですか。」としか言いようが無いのだが、個人的な見解を言わせて貰うなら、これはマザーズに上場した多くのインチキベンチャーの論理と一緒だ。「上場という目的を達成するには、粉飾も厭わない。」「顧客が満足しなくても良い。」・・・・本当に志のある人間は、こういう論理では絶対に動かない。断言できる。綺麗事を言っている訳では無い。確かに本当に志がある人間は、自分が泥をかぶる事を厭わない。泥をかぶるというのは秘書を差し出す様な行為では無い。全くの逆だ。こういう人間の思考は会社を大きくする事(権力を得る事)が絶対の目的で、理念も理想も後付けに過ぎない。小沢一郎からは過去に本があるだけで、日本をどう変えたいかのメッセージは何も無い。その政策の是非で評価するのでは無く、剛腕でリーダシップがありそう。志がありそう。とイメージで語るのもまた踊らされているだけという事では無いのかナ?
2010年9月30日木曜日
2009年8月31日月曜日
変われないのは何故?
民主党の圧勝。
ところで、鳩山代表の故人献金の問題はどうなったのであろうか?
小沢代表代行の西松建設の献金の問題は?
どちらの問題も、グレーというより、真っ黒に見えるのだが・・・
それに「秘書が私の知らない所で勝ってにやりました」って古典的な言い逃れして、
もうこの時点で、政治家以前に個人の資質に問題があるとしか思えないのだが・・・
一般企業の不祥事でも、社長が記者会見で、社員に責任をなすりつける様な事をすれば、倒産するまでマスコミに追い込まれるのに・・・
本当に、国民はこんな連中に総理大臣とかになって欲しいのだろうか??
普通に考えたら、あり得ないと思うのだが・・・
自民か民主かの選択の前に、こういう連中が国会議員でいる事自体不思議でならない。
ところで、今回の選挙、自民党と民主党で戦略を比べてみると、そりゃもう選挙する前に民主党の圧勝。
と、思える。
小生の周りを見ても、これだけ選挙が盛り上がっていても、しっかりとマニュフェストを見比べている人なんて、殆どいない。
逆に勝利するであろう民主党の政策は「なんとなくバラマキっぽい。実際にはどうせ財源もないし無理だろう」と言っている人が多い。でも民主党に入れる。
実際に、自民党は直近、世界同時不況を理由に、定額給付金や高速道路1000円、エコカー減税、エコポイント、スクールニューディール、etc これでもかって程ばら撒いた。
しかし、支持率は全く上がらず、今回の結果である。
多くの国民は具体的な政策などでは無く「風」というか、「潮流」と言えば良いのか、ぼんやりと熱い流れに従って投票行動を決める。今、多くの国民が望む事は、閉塞感の打破、即ち「変革」を求めている。
郵政選挙の時、小泉自民が圧勝したのも正に「変革」に期待したからである。
実際の「小泉改革」の中身なんて、正直ほとんどどうでも良かったと言えば言い過ぎだろうか?
しかし、現実にあれから数年で、あれほど支持した国民自身が「小泉改革は失敗、格差社会を生んだ」と評価しているのだから、やっぱり改革の中身なんて、どうでも良かったに違いない。
だから今回の民主党の政策も正直どうでも良い。とにかく現状を変えたい。というのが本心である。
言い過ぎだろうか?
しかも、今回は世界同時不況という追い風もあった。(不謹慎だが)
だから、自民党が「民主党のマニフェストはばら撒き」とか「外交・安保面で左翼的な思想が入りこんで危険」とか言ったところで無駄。
変革を求めている国民に対して「変わろう」と訴えてる民主党に対して、自民党が主張している事は「変わるのは危険」。
これじゃ、どう転んだって勝てっこない。
郵政選挙の時は「自民党をぶっ壊す」とか「痛みを伴う構造改革」というキャッチフレーズの前に、与党の批判勢力である野党各党は「色」を失って大減速した。この時の構造に似ていなくもない。
しかも民主党は一番国民が喜びそうな「官僚支配からの脱却」を旗印にした。これで自民党は錦の御旗を失った様なものだ。
官僚寄りと言われる麻生首相では掲げられない「旗」だ。
明治維新の時は、面白い事に、「尊王攘夷」なんて非現実的な政策が、明らかに現実的な政策を取っていた幕府「佐幕開国」を押し切ってしまった。(本物の錦の御旗と武力によってだが)
今回の選挙で自民党が勝利するには、民主党以上に過激な「変革」を謳うしかなかった。
中身の実現性なんて無視してでも、だ。
なのに「変わると危険!」では、勝負にならない。
その意味では、麻生総理はやっぱり・・・(まぁ、政策的には、それなりに無難にこなしてきたとも思うが)
さて、遡って小泉改革とは何であったのか?
基本的な方針は「官から民へ。様々な規制を撤廃し、官主導の公共事業を無くし、民間にできる事は民間に任せる。」
また、膨れ上がった借金を正常化する為に、プライマリーバランスという言葉を使い、歳出を抑制する目標を掲げたのも見過ごしてはならない。いわゆる「小さな政府」を目指した事が小泉改革と言って間違いないだろう。
その目玉が「道路公団民営化」であり、本丸としたのが「郵政民営化」であった。中身は兎も角、その事はやり遂げた。(ちなみにこの時は民主党でも民営化に賛成する議員が多数居た事は忘れないで欲しい)
それこそ官僚に骨抜きにされて形だけ。という面も強く米国の圧力も含め再点検は必要だが、実際に公共事業も大幅に減り、一次的にはプライマリーバランスが正常化し、経済が上向いた事も事実だ。(麻生政権でご破算)
その意味では、善し悪しは抜きにして、小泉改革こそ「小さな政府=脱官僚」と呼んで良い物であった。
一方の民主党の主張は小泉改革に比べると、全く具体性が無い。「100人以上の政治家を各省庁に送り込む」とか、「事務次官会議を無くす」とか言っている様だが、これは安倍政権の時に自民党がやった手法の延長。
「国家公務員を2割削減する」と言っているが、これは騙し絵見たいなもので、良く見ると2割を地方公務員に変えるだけで、
総数は全く変わらない。そもそも自治労が支持母体の民主党に公務員のリストラなんて出来る訳ながない。
そして何より、民主党の政策を実現するには、追加で11兆もの恒久財源が必要になる。
11兆を具体的には誰が、制度化し運用するのか? 公務員でしかない。
(埋蔵金とか言ってるのは、ギャグでしょ)
色々な要素を取り除くと、結局は自民「小さな政府」、民主「大きな政府」という裏が見えてくる。
しかし「大きな政府」はなんとなくマイナスイメージがある。一方、不景気で「小さな政府、官から民へ」というのも、憚れる。
結局、基本政策は曖昧にしたまま、子供手当とかの大衆迎合政策が両党のマニュフェストに並んだだけであった。「大きな政府」は脱官僚どころか、役人天国となる可能性があるし、基本的には財源を確保する為には「増税」が必要となる。
しかし、北欧の国の様に、高税金、高福祉国家を目指すのも勿論一つの形である。
「小さな政府」は、今まで指摘された様に、格差社会、地方切り捨てに繋がっていく。
どちらにせよ、国民自身になにかしらの「痛み」が伴うのだ。しかし、相変わらず生活防衛とか、そんな騙しで真に国民に選択を強いる事をしない。
相変わらずのごまかし政治である。
何故、「大きな政府、高福祉国家を目指します。その変わり増税が必要」とはっきり主張しないのか?
何故、「構造改革を進め国際競争力を高める。その代わり格差が生まれる」とはっきり言わないのか?
思えば、日本という国の政治は戦後、ずっとごまかしの政治であった。
例えば、憲法の拡大解釈→自衛隊→海外派遣。今の自衛隊の存在は、子供が9条を呼んでも違憲と思うだろう。
憲法を変えないなら自衛隊は解散。軍隊が持ちたければ改憲。こんな当り前の選択すらしてこなかった。
非核3原則は有るが、米国の核の傘下に居る事は容認。
多く国民は憲法は変えたく無いが、自衛隊が無くては不安。核は嫌いだが、日本は米国の核の傘下にいるから安全。と、口にせずとも本音で思っているフシがある。
何故、政教分離の原則があるのに、宗教団体を支持母体とする政党が政治活動をしているのか?何故、ギャンブルを禁じているのに、パチンコ屋は堂々と営業しているのか?何故、暴力団が公然と存在するのか?
結局国民は、何も選択してこなかった。(させて貰えなかった)
お金はふって湧いては来ない。平和もタダではない。福祉や年金を充実させ、公共事業も充実させるなら税金を増やすしかない。結局、官僚というのは、選択しない政治=国民の中で、現実的な政策(妥協案)を作りながら、国を動かしてきた。
これこそが、戦後の日本の姿だろう。
小生の父は官僚であった。未だに「政治家は馬鹿で何もしらない」と言って憚らない。今も親戚にキャリア官僚が居るが、兎に角、クソまじめだし良く働く。少なくとも、マスコミが報じる様な悪代官のイメージからは程遠い。
現実問題、犯罪、犯罪まがいの行為を行った政治家達が、官僚を悪だとアピールして、小選挙区で当選してしまうのだから凄いとしかいい様がない。(故人献金で6億近く、西松でグレー献金4億、不動産11億。ついでに辻本、宗男・・・)
綺麗ごとや、上辺だけで、媚を売る様な政治家を排除し、真に主張し、国民に選択を強いる政治へ。
世襲やタレント議員の問題もある。
まずしっかりと国民が政治に関心を持ち勉強する事だ。
その基盤があって、初めて脱官僚、国民主導の政治が成り立つ。
「大きな政府か、小さな政府か」、「追米か、脱米か、」、「改憲か、護憲か」「保守か、リベラルか」・・・
本当に民意として選択されたのであれば、それに従うべきだ。
真に国民が、この国の形を選択をする日(できる日)は何時になったら来るのだろうか。それは現実から逃げずに「選択」する事だ、今回国民は政権は選択したが、具体的な基本政策を選択した。と答えられる人がどれほど居るだろうか?基本政策が良く解らないので、選びようが無いという側面はあるにせよ。
大人の国になろう。子供達の未来の為に。
ところで、鳩山代表の故人献金の問題はどうなったのであろうか?
小沢代表代行の西松建設の献金の問題は?
どちらの問題も、グレーというより、真っ黒に見えるのだが・・・
それに「秘書が私の知らない所で勝ってにやりました」って古典的な言い逃れして、
もうこの時点で、政治家以前に個人の資質に問題があるとしか思えないのだが・・・
一般企業の不祥事でも、社長が記者会見で、社員に責任をなすりつける様な事をすれば、倒産するまでマスコミに追い込まれるのに・・・
本当に、国民はこんな連中に総理大臣とかになって欲しいのだろうか??
普通に考えたら、あり得ないと思うのだが・・・
自民か民主かの選択の前に、こういう連中が国会議員でいる事自体不思議でならない。
ところで、今回の選挙、自民党と民主党で戦略を比べてみると、そりゃもう選挙する前に民主党の圧勝。
と、思える。
小生の周りを見ても、これだけ選挙が盛り上がっていても、しっかりとマニュフェストを見比べている人なんて、殆どいない。
逆に勝利するであろう民主党の政策は「なんとなくバラマキっぽい。実際にはどうせ財源もないし無理だろう」と言っている人が多い。でも民主党に入れる。
実際に、自民党は直近、世界同時不況を理由に、定額給付金や高速道路1000円、エコカー減税、エコポイント、スクールニューディール、etc これでもかって程ばら撒いた。
しかし、支持率は全く上がらず、今回の結果である。
多くの国民は具体的な政策などでは無く「風」というか、「潮流」と言えば良いのか、ぼんやりと熱い流れに従って投票行動を決める。今、多くの国民が望む事は、閉塞感の打破、即ち「変革」を求めている。
郵政選挙の時、小泉自民が圧勝したのも正に「変革」に期待したからである。
実際の「小泉改革」の中身なんて、正直ほとんどどうでも良かったと言えば言い過ぎだろうか?
しかし、現実にあれから数年で、あれほど支持した国民自身が「小泉改革は失敗、格差社会を生んだ」と評価しているのだから、やっぱり改革の中身なんて、どうでも良かったに違いない。
だから今回の民主党の政策も正直どうでも良い。とにかく現状を変えたい。というのが本心である。
言い過ぎだろうか?
しかも、今回は世界同時不況という追い風もあった。(不謹慎だが)
だから、自民党が「民主党のマニフェストはばら撒き」とか「外交・安保面で左翼的な思想が入りこんで危険」とか言ったところで無駄。
変革を求めている国民に対して「変わろう」と訴えてる民主党に対して、自民党が主張している事は「変わるのは危険」。
これじゃ、どう転んだって勝てっこない。
郵政選挙の時は「自民党をぶっ壊す」とか「痛みを伴う構造改革」というキャッチフレーズの前に、与党の批判勢力である野党各党は「色」を失って大減速した。この時の構造に似ていなくもない。
しかも民主党は一番国民が喜びそうな「官僚支配からの脱却」を旗印にした。これで自民党は錦の御旗を失った様なものだ。
官僚寄りと言われる麻生首相では掲げられない「旗」だ。
明治維新の時は、面白い事に、「尊王攘夷」なんて非現実的な政策が、明らかに現実的な政策を取っていた幕府「佐幕開国」を押し切ってしまった。(本物の錦の御旗と武力によってだが)
今回の選挙で自民党が勝利するには、民主党以上に過激な「変革」を謳うしかなかった。
中身の実現性なんて無視してでも、だ。
なのに「変わると危険!」では、勝負にならない。
その意味では、麻生総理はやっぱり・・・(まぁ、政策的には、それなりに無難にこなしてきたとも思うが)
さて、遡って小泉改革とは何であったのか?
基本的な方針は「官から民へ。様々な規制を撤廃し、官主導の公共事業を無くし、民間にできる事は民間に任せる。」
また、膨れ上がった借金を正常化する為に、プライマリーバランスという言葉を使い、歳出を抑制する目標を掲げたのも見過ごしてはならない。いわゆる「小さな政府」を目指した事が小泉改革と言って間違いないだろう。
その目玉が「道路公団民営化」であり、本丸としたのが「郵政民営化」であった。中身は兎も角、その事はやり遂げた。(ちなみにこの時は民主党でも民営化に賛成する議員が多数居た事は忘れないで欲しい)
それこそ官僚に骨抜きにされて形だけ。という面も強く米国の圧力も含め再点検は必要だが、実際に公共事業も大幅に減り、一次的にはプライマリーバランスが正常化し、経済が上向いた事も事実だ。(麻生政権でご破算)
その意味では、善し悪しは抜きにして、小泉改革こそ「小さな政府=脱官僚」と呼んで良い物であった。
一方の民主党の主張は小泉改革に比べると、全く具体性が無い。「100人以上の政治家を各省庁に送り込む」とか、「事務次官会議を無くす」とか言っている様だが、これは安倍政権の時に自民党がやった手法の延長。
「国家公務員を2割削減する」と言っているが、これは騙し絵見たいなもので、良く見ると2割を地方公務員に変えるだけで、
総数は全く変わらない。そもそも自治労が支持母体の民主党に公務員のリストラなんて出来る訳ながない。
そして何より、民主党の政策を実現するには、追加で11兆もの恒久財源が必要になる。
11兆を具体的には誰が、制度化し運用するのか? 公務員でしかない。
(埋蔵金とか言ってるのは、ギャグでしょ)
色々な要素を取り除くと、結局は自民「小さな政府」、民主「大きな政府」という裏が見えてくる。
しかし「大きな政府」はなんとなくマイナスイメージがある。一方、不景気で「小さな政府、官から民へ」というのも、憚れる。
結局、基本政策は曖昧にしたまま、子供手当とかの大衆迎合政策が両党のマニュフェストに並んだだけであった。「大きな政府」は脱官僚どころか、役人天国となる可能性があるし、基本的には財源を確保する為には「増税」が必要となる。
しかし、北欧の国の様に、高税金、高福祉国家を目指すのも勿論一つの形である。
「小さな政府」は、今まで指摘された様に、格差社会、地方切り捨てに繋がっていく。
どちらにせよ、国民自身になにかしらの「痛み」が伴うのだ。しかし、相変わらず生活防衛とか、そんな騙しで真に国民に選択を強いる事をしない。
相変わらずのごまかし政治である。
何故、「大きな政府、高福祉国家を目指します。その変わり増税が必要」とはっきり主張しないのか?
何故、「構造改革を進め国際競争力を高める。その代わり格差が生まれる」とはっきり言わないのか?
思えば、日本という国の政治は戦後、ずっとごまかしの政治であった。
例えば、憲法の拡大解釈→自衛隊→海外派遣。今の自衛隊の存在は、子供が9条を呼んでも違憲と思うだろう。
憲法を変えないなら自衛隊は解散。軍隊が持ちたければ改憲。こんな当り前の選択すらしてこなかった。
非核3原則は有るが、米国の核の傘下に居る事は容認。
多く国民は憲法は変えたく無いが、自衛隊が無くては不安。核は嫌いだが、日本は米国の核の傘下にいるから安全。と、口にせずとも本音で思っているフシがある。
何故、政教分離の原則があるのに、宗教団体を支持母体とする政党が政治活動をしているのか?何故、ギャンブルを禁じているのに、パチンコ屋は堂々と営業しているのか?何故、暴力団が公然と存在するのか?
結局国民は、何も選択してこなかった。(させて貰えなかった)
お金はふって湧いては来ない。平和もタダではない。福祉や年金を充実させ、公共事業も充実させるなら税金を増やすしかない。結局、官僚というのは、選択しない政治=国民の中で、現実的な政策(妥協案)を作りながら、国を動かしてきた。
これこそが、戦後の日本の姿だろう。
小生の父は官僚であった。未だに「政治家は馬鹿で何もしらない」と言って憚らない。今も親戚にキャリア官僚が居るが、兎に角、クソまじめだし良く働く。少なくとも、マスコミが報じる様な悪代官のイメージからは程遠い。
現実問題、犯罪、犯罪まがいの行為を行った政治家達が、官僚を悪だとアピールして、小選挙区で当選してしまうのだから凄いとしかいい様がない。(故人献金で6億近く、西松でグレー献金4億、不動産11億。ついでに辻本、宗男・・・)
綺麗ごとや、上辺だけで、媚を売る様な政治家を排除し、真に主張し、国民に選択を強いる政治へ。
世襲やタレント議員の問題もある。
まずしっかりと国民が政治に関心を持ち勉強する事だ。
その基盤があって、初めて脱官僚、国民主導の政治が成り立つ。
「大きな政府か、小さな政府か」、「追米か、脱米か、」、「改憲か、護憲か」「保守か、リベラルか」・・・
本当に民意として選択されたのであれば、それに従うべきだ。
真に国民が、この国の形を選択をする日(できる日)は何時になったら来るのだろうか。それは現実から逃げずに「選択」する事だ、今回国民は政権は選択したが、具体的な基本政策を選択した。と答えられる人がどれほど居るだろうか?基本政策が良く解らないので、選びようが無いという側面はあるにせよ。
大人の国になろう。子供達の未来の為に。
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